ギャンブル千夜一夜物語

実践だったり雑記だったりしますけど、創作で読み物書きます。遊戯中やら空き台待ちや開店待やらの暇つぶしに読んでください。

第3夜

「玉貸」のボタンを押すと「5」のデジタル数字が点滅を始めた。


ぱらぱらぱら、という音と共に8万円めの玉が出てきた。
そのまま腕時計を見ると時間は19時55分。
コロナ対策のマスクの下の鼻が大きく空気を吸い込み、鼻毛が全て抜け飛ぶんじゃないかという勢いで出ていった。


「もう10時間。今朝の占いのせいだあのくそアナウンサーめ」
そんな理不尽ともいえることを考えながら打ち出しを始めた。




「今日の最下位は・・・ごめんなさい、いて座のあなたです!」
俺はベッドに腰かけて歯を磨きながら、テレビの情報番組の占いコーナーをぼんやりと見ていた。
今朝のことだ。
窓からは薄手のカーテン越しに春の太陽の日差しが入っていて、車を運転して遠出をするにはもってこいの天気が見て取れる。
昨夜YouTubeで北斗無双の実践動画を二時前まで起きて観ていたもんだから、頭のどこかに綿のようなものが残っているような感覚がある。
いつもはもっと早く起きて会社に行く支度をしている時間なのだが今日は違う。


「すいません。友人が自殺したらしいので今から通夜に行ってきます。あと、もしかするとそのまま葬式に参列するかもしれないので有給申請の許可をお願いします」
わかった、という上司の言葉の後で申請書に「忌引のため早退・休暇」と記入して会社を出たのが昨日の昼過ぎ。



 
もちろん嘘だ。



いつも行っているパチンコ屋が3か月振りのリニューアルオープン。
それに行く為の嘘。
よくずる休みをしていた高校の時から、そういう嘘ならば息を吐くようにつける。
今回も「頭痛が、腹痛が」と言って当日の朝に連絡をして休んでも良かったのだが、次の日に体調を心配されたり「大丈夫か」と聞かれて答えるのがいちいち煩わしい。
それにもしぼろ負けをしてしまった日にはその詭弁の上塗りで自ら傷口を拡げ、着ている服に血を滲ませるみたいできっと堪らない。



「負けるわけねーけどな」
リニューアルと同時に増台される北斗無双が打てる喜びに高揚しながら立ち上がり、カーテンの光を横切りながら洗面台へと向かった。






8万円めの打ち出しを始めたと同時に尿意に負けてトイレに立ち、用を足していると、自分よりも若い男が二人連れでやって来て便器を1つ飛ばしで並んだ。



「あーくそ。6万マイナスてなんだよくそが」
「だりーよな。もうみんな帰ったし、これじゃリニューアルしないほうがよかったんじゃね?」
「マジそれな。とりあえずついでにタバコいこーや」
「おう。あーマジむかつくわぁ」



二人とも便器の壁に貼られた「本日リニューアル!」の額入りのチラシを見上げながら話している。
俺もそれを見るともなく見ながらその会話を聞いていた。


(こっちは8万いれてんだけどな)


先に便器から離れ、手を洗いながら鏡に映る自分を見た。
うっすらと髭が生えてきている。



トイレを出て自分の席に戻る途中で、同じ北斗無双のシマの端に座るガラの悪い男の後ろ姿と台が目に入ってきた。
短く切りそろえられた髪、不潔でも清潔でもない白のセットアップにゴツい白のバッシュ。


ちんぴら。


誰が見ても一目瞭然だった。


その真横にはまっすぐ背を伸ばした髪の長い眼鏡をかけた綺麗な女が、店からの貸し出しの丸椅子に座って男の画面を眺めている。
微動だにせず両手を太ももの上に重ねて座っているが、それよりも胸の大きさに目がいってしまう。
とてもパチンコ屋には似つかわしくない女とガラの悪い男。
その二人の組み合わせによって、男の台の半径2メートルほどの空間が別の世界のように感じた。


「いつからいたんだ?」


男が朝から打っていたのは知っているが、昼飯を食いに食堂に行った時と工事関係者などの仕事帰りの客を多く見かけるようになった17時過ぎのトイレに立った時はその女はいなかったはずだ。
今では椅子の後ろに大きな箱が10個も積み上げられている。
自分の台に戻るにはその箱の後ろを通った方が近く、昼間に見た時よりも明らかに連チャンしている。


なるべく女は見ないように箱とその台のデータを交互に見た後、マスクの下で「ちっ」と小さく舌打ちすると男の首がゆっくりと動き斜め後ろに立っていたこちらを見てきた。
その目はとても鋭く、今にも立ち上がって殴ってくるのではないかと思うほどだった。
この喧騒のなか絶対に聞こえるはずがない。
俺は驚き、思わず目を逸らし歩くのを早めて自分の台に戻った。


「くそちんぴらが」


口に出さず自分の席に戻るとハンドルを握り、再び玉を打ち出した。
睨みつけてきたちんぴらの反対側の端、自分のすぐ近くのカド台も6つの大きな箱が椅子の後ろに積み上がっている。


「どいつもこいつもバカ出ししやがって」


財布には一万円札があと一枚入っている。
もちろんそれも使う気でいる。
するとどこからともなく一匹のハエが目の前を飛んでいった。
目で追うと、上皿の玉に止まった。


払おうと左手を動かそうとした瞬間、




「ぴゅるりりぴゅるりりぴゅるりりきゅぴーん!」



というなかなか聞きなれない音に反応して画面を見ると、レインボーのエイリやん保留がふわふわと浮いていた。


大当たりと無双ラッシュ濃厚。
やっとまともな当たりが来そうだ。
今朝の高揚に似た感覚が蘇った。




「っしゃいくぞ。入れた分の二万発、絶対取り返す」



尻の位置を戻すために、俺は少し生温かい椅子に座り直した。

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